会計監査制度の歴史を振り返る②~バブル経済の崩壊と公認会計士監査制度の変革~

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はじめに

今回は、会計監査制度の改革期である1989年~2007年を振り返ります。

この時代は、バブル崩壊後の急激な景気後退、世界的な景況悪化などの要因で不況が長期化しました。

多数の企業倒産や金融機関を筆頭とした企業の統廃合などが相次ぎます。

証取法上のディスクロージャーをめぐり、不適切な事例が相次ぎ、その結果監査基準等の改訂を大幅に行った時代です。

<年表>

1989年(平成元年):監査実施準則改訂(相対的に危険性の高い財務諸表項目に係る監査手続を充実強化)

1991年(平成3年):監査基準、監査実施準則、監査報告準則改訂(リスクアプローチ導入)

1997年(平成9年):ヤオハン倒産、北海道拓殖銀行経営破綻、山一證券自主廃業

1998年(平成10年):中間監査基準設定、三田工業倒産、日本長期信用銀行経営破綻、日本債券信用銀行経営破綻

2000年(平成12年):そごう経営破綻

2002年(平成14年):監査基準改訂(監査の目的を明確化)

2003年(平成15年):公認会計士法改正、足利銀行経営破綻

2004年(平成16年):カネボウ事件発生、西武鉄道事件

2005年(平成17年):会社法成立、監査基準及び中間監査基準改訂、監査に関する品質管理基準設定、カネボウ2,000億円の粉飾公表

2006年(平成18年):金融商品取引法成立、中央青山監査法人業務停止処分、ライブドア事件、ミサワホーム九州事件

2007年(平成19年):公認会計士法改正(監査法人の品質管理強化等)

1989年から2003年までの概要

監査第一委員会報告第50号「相対的に危険性の高い財務諸表項目に係る監査手続の充実強化について」(1988年10月)

→公認会計士監査は不正の摘発を第一の目的とするものではないとしつつも、「役職者による財産上の不正行為が内部統制組織の枠外で行われる可能性が高いことや、証憑そのものが改ざんされる場合が多いこと等を照らし・・・次に掲げる項目について、原則として確認等を実施する・・・」

→預金、手形債権(他所保管分)、貸付金、有価証券(他所保管分)、

棚卸資産(倉庫業者等保管分について確認または立会を行う)、借入金、偶発債務

監査実施準則の改訂(1989年5月)

→相対的に危険性の高い財務諸表項目に係る監査手続を強化

監査基準、監査実施準則及び監査報告準則の大幅改訂(1991年)

→リスク・アプローチの考え方を採用

→新たな内部統制概念の導入

→特記事項の記載

→経営者確認書の入手義務付け

→個別具体的な監査手続の削除

→2002年に再び監査基準は大改訂されます。

2004年から2007年までに改訂された制度とその概要

(1)2005年監査基準の改訂

・事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチの導入

→経営者関与の虚偽表示リスクが増加しつつある。

→企業及び企業環境の理解から重要な虚偽表示をもたらすリスクを検討する。

・重要な虚偽表示リスクの評価

→固有リスクと統制リスクを結合し、「重要な虚偽表示リスク」として評価

・財務諸表全体及び財務諸表項目の2つのレベルでの評価

→財務諸表全体レベルに重要な虚偽表示リスクが認められた場合、補助者の増加等の適切な対応を行う。

おわりに

平成前半では、巨額の粉飾決算が公表されるとともに監査責任者の逮捕や監査法人の事実上の解体が行われるなど、財務諸表監査の社会的信頼に大きな影響を与える事象が発生し、信頼性回復のため、監査人の独立性、監査法人の品質管理、監査法人等に対する監督・責任の在り方といった点について見直しが行われました。

以降、監査報告書における意見表明が正しかったかどうかといった点に加えて、意見形成のための適切なプロセスの実施、及びそのための組織体制等が客観的に確保されているかどうかといった点がより重視されることになりました。

今から振り返ると、我々公認会計士にとっては、激動の時代でした。

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