公認会計士の監査業界の現状(金融庁のレポート)及び監査人交代理由の実情
はじめに
2020年7月14日、金融庁の公認会計士・監査審査会は「令和2年版モニタリングレポート」を発表しました。
同レポートでは、監査事務所の状況などの最新情報が、一般の人々にもわかりやすく提供されています。新型コロナウイルスによって、日本社会は多大な影響を受けていますが、会計・監査業界ではどのような変化があったのでしょうか。
このコラムでは金融庁の「令和2年版モニタリングレポート」について、その中身を検討します。
モニタリングレポートとは
モニタリングレポートは2016年より、金融庁の公認会計士・監査審査会によって年次で作成・公表されているのです。
目的は、「監査や会計の専門家はもとより市場関係者及び学生や社会人など一般の人々をも読者として想定。審査会が実施するモニタリング活動の状況と成果を中心とした監査業界の現状や環境変化への対応を含む関連情報を分かりやすく提供することによって、監査の重要性に関する社会の理解を推進」するためとのことです。
(引用:「令和2年度モニタリングレポート 主なポイント」|公認会計士・監査審査会)
レポート内容については、監査事務所や被監査会社の概況に関するデータを更新したり、審査会のモニタリング活動を通じて収集した最新情報を追加したりなど、年ごとに改訂されています。
年ごとによって傾向や特徴が当然異なっています。今回は、2020年7月14日に発表された「令和2年版モニタリングレポート」の中身について確認します。
「令和2年版モニタリングレポート」4つのポイント
まずは「令和2年版モニタリングレポート」のポイントから説明します。以下、4つのポイントにまとめられています。
Ⅰ.監査業界の概観
・公認会計士、監査事務所、被監査会社などの状況
・公認会計士試験関係及び金融機関監査、IPO支援業務に関する情報
Ⅱ.審査会によるモニタリング
・直近4事務年度の検査における大手監査法人、準大手監査法人と中小規模監査事務所の総合評価の状況など審査会の活動状況(制度の概要、審査、報告徴収及び検査の状況)
Ⅲ.監査事務所の運営状況
・会計監査人の最新の異動状況などモニタリングを通じて把握した監査事務所の運営状況
・事務作業を集中処理する組織の構築に関する事例など、監査業務をサポートする組織体制について
Ⅳ.監査をめぐる環境変化への対応
・ITを活用した監査やグローバルネットワークとの連携の状況
・新型コロナウイルス感染症拡大の影響と対応
・監査に関する基準等の最近の動向や公表された重要な報告
レポートは全122ページとかなりの量となっていますが、理解しておきたい重要な内容を紹介します。
今回のモニタリングレポートのここだけは押さえておきたい
Ⅰ.監査業界の概観
大手監査法人(4法人)が、上場被監査会社の監査業務収入の83.6%を占めています。この寡占傾向は、日本だけではなくアメリカやイギリスでも同様です。
なお所属公認会計士の割合は、大手監査法人が8割で、準大手・中小監査法人が2割となっています。また日本公認会計士協会に所属している所属公認会計士の7割が、首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)の地域会に所属しています。
監査法人数は、2020年3月末時点では246法人で、増加傾向にあります。昨年は236法人でしたが、13法人が設立され、3法人が解散・合併によって消滅しました。2016年には214法人あった監査法人が、5年の間で32法人も増えていることがわかります。
その大半が中小規模の監査法人で、25 人未満の法人が全体の9割を占めている状況です。一方で、準大手の監査法人は吸収合併によって減少傾向にあります。
Ⅱ.審査会によるモニタリング
業務運営における総合評価について公表されています。
監査事務所の業務運営の状況に応じて、5段階評価をつけており、最上位区分である「概ね妥当である」に該当する法人はありませんでした。すべての法人が、「妥当でない点がある」(改善すべき点はあるが、業務運営が概ね良好と認められる場合)以下となっています。
Ⅲ.監査事務所の運営状況
監査法人のガバナンス・コードを踏まえた取組について言及されています。
ガバナンス・コードでは、監査法人が果たすべき役割、組織体制(経営機能)、組織体制(監督・評価機能)、業務運営、透明性の確保という5つの原則が定められています。
令和2年7月1日時点で、このガバナンス・コードの採用を表明しているのは、大手監査法人及び準大手監査法人のすべてと、中小監査法人のうち8法人です。
5つの原則を実践して、実効的な組織運営を実現するために、自律的な対応を各監査法人に求めています。
Ⅳ.監査をめぐる環境変化への対応
会計監査人の異動に関して、合併による異動の影響を除き、過去5年で最多の142件を記録しました。といっても昨年は、138件で大幅な増加ではありません。
近年は、大手監査法人から準大手監査法人以下への異動傾向が見うけられます。大手から大手への異動は、28件(前年は25件)にとどまりました。
異動理由については、今まで「任期満了」がもっとも多く、実質的な理由は記載されていませんでした。しかし東京証券取引所の改訂版「会社情報適時開示ガイドブック」において、交代理由の開示が求められた結果、2020年では皆無となっています。
現在では、交代理由としては大手監査法人が「監査報酬」で最多。「継続監査期間」「会計監査人からの辞任等」が続きます。一方で、準大手監査法人及び中小規模監査事務所は「会計監査人からの辞任等」、「監査報酬」、「グローバルな監査体制」が、異動理由として挙げられています。
なお、より規模の小さい監査事務所へ異動した際、監査報酬が減少するケースは約8割です。
このような状況で、新たな監査報酬の算出方法を検討する動きが起きています。しかし報酬面だけではなく、ITの活用による1人当たり労働時間の短縮などの働き方改革や、新型コロナウイルスの影響による在宅勤務の実施など、業界全体で新しい環境変化への対応が求められているのが実情です。
会計監査人の働き方だけではなく、監査業務におけるAIやITの利用、サイバーセキュリティ対策など、IT・最新技術への投資が盛んになっています。
おわりに
「令和2年版モニタリングレポート」について検討しました。近年の傾向や問題点などをつかむことで、これからの監査業界について考察する手がかりにしてみてください。
会計監査人の異動の理由として、大手・準大手・中小事務所を経験した私の考えを大まかにまとめると
・監査報酬を抑えたい会社・・・大手監査法人→準大手監査法人又は中小規模監査事務所
・継続監査年数による監査の品質低下を危惧する会社・・・大手監査法人→他の大手監査法人
・監査法人と意見が対立する会社・・・大手監査法人→準大手監査法人又は中小規模監査事務所
・会社内部の不正等が発見された会社・・・大手監査法人又は準大手監査法人→中小規模監査事務所
以上のケースが私の考える会計監査人異動の現実です。ご参考までに。